100m走の限界はちかい?

環境や道具の変化によって、様々なスポーツで新記録が生まれてきています。

しかし、100m走という超短距離では、人間が出せる記録にも限界があると思っています。

近代五輪が開始してから約100数年
これまでの世界記録の推移から、
100m走の限界について考察してみます。

100m走の世界記録の推移

近代競技として、初めて100m走の記録が正式に記録されたのは1912年のストックホルムオリンピックとなります。
このときはアメリカのドナルド・リッピンコット選手が出した10秒6というのが世界記録として記録されています。

その後、1921年に同じくアメリカのチャールズ・パドック選手が10秒4という記録で世界新記録を更新しました。
それ以降の記録は以下のように更新されています。

1930年・10秒3 カナダのパーシー・ウィリアムズ選手
1936年・10秒2 アメリカのジェシー・オーエンス選手
1956年・10秒1 アメリカのウィリー・ウィリアムズ選手
1960年・10秒0 西ドイツのアルミン・ハリー選手
1968年・9秒9  アメリカのジム・ハインズ選手
と1921年から1968年で約0.5秒縮まりました。

なお、上記のタイムはすべて手動計測となり、もしかしたら若干の誤差は生じていたかもしれません。

1964年の東京五輪より電動計が普及し始め、1977年からは全面的に電動計の記録が公認となりました。

なお、電動計になった後の世界記録の推移は以下の通りです。
1983年・9秒93 アメリカのカルヴィン・スミス選手
1988年・9秒92 アメリカのカール・ルイス選手
1991年・9秒90 アメリカのリロイ・バレル選手
1991年・9秒86 アメリカのカール・ルイス選手
1994年・9秒85 アメリカのリロイ・バレル選手
1996年・9秒84 カナダのドノバン・ベイリー選手
1999年・9秒79 アメリカのモーリス・グリーン選手
2005年・9秒77 ジャマイカのアサファ・パウエル選手
2007年・9秒74 ジャマイカのアサファ・パウエル選手
2008年・9秒72 ジャマイカのウサイン・ボルト選手
2008年・9秒69 ジャマイカのウサイン・ボルト選手
2009年・9秒58 ジャマイカのウサイン・ボルト選手

と、1921年の公式記録測定時から現在の世界新記録の差は
実に0秒72 (約0.8秒)となり、約100年間で1秒近く早くなったものの
世界記録が出にくい状態となっていると思います。

なお、今回は追い風等は考慮せず記録と樹立した年のみに注目しましたが、
追い風や向かい風など、風向きや風の強さにより若干タイムが変わるため、
追い風が2.0m/秒を超える場合は参考記録となり、公式記録にはなりません。

記録樹立に重要なことは?

世界記録の推移を調査したときに思ったことが有ります。

手動記録のときは、人的エラー等で記録が曖昧だったこともあり、
実際にはもっと世界記録に近いデータは出ていたと思いますが、
電動計による記録が樹立された際は、人的エラーはあまりないと考えます。

そこで、思ったのが、1988年〜1994年の6年間で世界記録が4回更新されています。
しかも更新した選手が、アメリカのカール・ルイス選手とリロイ・バレル選手の二人で、
お互いに記録を更新しあっています。

次に、2007年と2008年では
ジャマイカのアサファ・パウエル選手とウサイン・ボルト選手が世界記録を樹立しています。

このように短期間で世界記録が更新される際にはライバル関係が見られます。
お互いが刺激しあい、世界記録を更新する糧になっているようです。

また、世界記録を樹立したときの年齢を考察してみます。

全員は難しいので、上記のカール・ルイス選手とリロイ・バレル選手、
アサファ・パウエル選手とウサイン・ボルト選手の4選手にしぼって考察します。

カール・ルイス選手が世界記録を樹立したときは27歳と30歳
リロイ・バレル選手が世界記録を樹立したときは24歳と27歳
アサファ・パウエル選手の場合は22歳〜25歳
そして、ウサイン・ボルト選手は21歳の時に初めて世界新記録を樹立し、
現在の世界記録を樹立したのは23歳のときとなります。

身体的にはやはり20代が一番選手として脂がのっている年代になるのでしょうか。

近代五輪の歴史

最後に、4年に1度のスポーツの祭典であるオリンピックについて軽く調べてみました。
オリンピックの起源は古代ギリシャのオリンピアの祭典を元に1896年にギリシャのアテナで初めて開催されました。

とはいえ、開催当時は世界が広いことや国交がそこまで発展していた訳ではなく、
参加国も14カ国と欧米を中心とした国のみが参加した小規模の祭典でした。
競技数も全部で9つと少なく、2020年の東京五輪の33競技に比べるとかなり小規模であることが分かります。

オリンピックは、その後も4年に1度のスポーツの祭典として継続しているが、
世界大戦や冷戦、テロ等の政治的な声明発表の場にもしばしば使われたこともあります。

1984年のロサンゼルス五輪からは、ショービジネス化したり、
スポンサーを1業種1社にしぼる等で大幅な黒字を出したため、
その後は開催を目指す都市が増えていきました。

しかし、繁栄と衰退の歴史がある通り、
オリンピック後に競技場が一気に過疎化することや、
膨れ上がる運営費等が近年では問題となっています。

素直なスポーツの祭典として進めておくと運営が難しくなり、
ショービジネスとして発展させすぎると逆に運営費が圧迫される。
また、多種多様なスポーツがあり
今後のオリンピック運営はますます厳しくなるかもしれませんが、
純粋に競技を楽しむ祭典に変わってくれたらなと思います。